【小糠雨(こぬかあめ)が気になる日曜日】

【小糠雨(こぬかあめ)が気になる日曜日】

「宵の花屋の眩しさに戸惑う 足早に過ぎる人 小糠雨の中を・・・」、日曜の朝、息子をクラブの練習に送迎する車中、カーオーディオから、そんな歌詞の曲が流れてきました。キリンジの「切り花」という曲。『小糠雨(こぬかあめ)』。いつも、歌詞の中に出てくるその言葉の響きがとても印象的で、音もなく身体にまとわりつく雨の様子を想像しながら聴いています。

『小糠雨(こぬかあめ)』とは、霧雨と同様に、雨滴が霧のように細かい雨のこと。俳句にはピッタリな言葉のように思いますが、雨の様子を表す言葉なので、季語ではないようです。ただ、今日のような霧で霞んだ梅雨の朝にはピッタリな気がします。

家に戻って雑用をしていると、知り合いの大工さんが、自家製の野菜と真竹のタケノコを届けに来てくれました。頂いた真竹は、早速、米ぬかと唐辛子を入れて茹でてしまいます。なんだか、今日は、やけに『米糠』に縁があるなぁと思いながら、タケノコを茹でていると、何かを悟った気がしました。『小糠雨(こぬかあめ)』という言葉は、雨の粒子が小さい様子が単純に『米糠』の細かさに似ているからだと辞書にも書いてありますが、もしかしたら、『米糠』に触れたときに感じるしっとりと滑らかな感覚。手触り、肌触りのような、触覚的な感覚の要素もあるかも?・・・と。

そういえば『米糠』の化粧品もありますね・・・。毎年、秋に事務所のケヤキの落ち葉で、落ち葉堆肥を作るのですが、『水』と『米糠』をいっしょに混ぜ込みます。30kgの大きな米袋から、『米糠』を掬うときの滑らかな感触を思い出して、『小糠雨(こぬかあめ)』の肌触りを想像してみました。

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