『レンマ学』刊行記念「中沢新一さん×若松英輔さん」 のトークイベントに行ってきました。

『レンマ学』刊行記念「中沢新一さん×若松英輔さん」 のトークイベントに行ってきました。

『レンマ学』刊行記念「中沢新一さん×若松英輔さん」 のトークイベントに行ってきました。

対談の内容は本に沿って、哲学、宗教、思想、数学、言語など・・・。会って話をするのは、初めてだというお二人ですが、互いにとても楽しそうで、テンポよく、いろいろな方向に飛んでいきながら進むトークで、まさに「レンマ的」でした。

岡潔、井筒俊彦、南方熊楠、梅原猛、山口昌男、鈴木大拙、河合隼雄、西田幾多郎、山内得立、ユング、フロイト、荒川修作、レヴィ=ストロース・・・いろんな名前が飛び出します。会話の中の登場人物やその内容など、私にはわからない部分も多くありましたが、お聞きしていて、とても楽しかったです。知らないこと、わからないことをずっと聞くという経験は、すいぶん久しぶりな気がします。こういうことは、定期的に必要ですね。

お二人の会話の中で少しだけ、建築の話がありました。「現代の建築は、とてもロゴス的。垂直的に構築されているイメージで、とても人間が住めるような代物ではない。」というような話だったと思います。もちろん、「レンマ」のみでは、建築は成り立たないですが、論理性だけではなく、直感的に空間のイメージを発想することは、経験上、確かによくあるような気がします。

対談中、若松さんが「いい研究やいい文章とは、すぐに、役に立たなくても、将来に誰かによって発芽するかもしれない種が、たくさん入っているもの。」というような話をされていました。そういう意味では、この対談は、いい対談だったと思います。

わたしには気がつかない、いろいろな「種」がありそうな感じもしましたし、わたしだけにわかる「種」があったかような気もします。

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「レンマ」とは何か?

哲学者山内得立が著書『ロゴスとレンマ』で提出した概念によっています。「ロゴス」は「自分の前に集められた事物を並べて整理する」ことを意味しています。その本質は時間軸にしたがう線形性にあります。それに対し、「レンマ」は「直観によって事物をまるごと把握する」という意味です。

西洋では伝統的に「ロゴス的知性」が重要視され、そのうちに理性といえばこの意味でばかり用いられるようになりました。ところが東洋では、「レンマ的知性」こそが、理性本来のあり方と考えられました。まさに仏教はこの「レンマ的知性」によって世界をとらえようとしたのです。大乗仏教、とりわけ『華厳経』が「レンマ的知性」による高度の達成を実現しようとしました。

現在、人間的理性能力のうち、「ロゴス的知性」の部分をコピーしている、人工知能の急速な発達によって、より根源的なもう一つの理性能力である「レンマ的知性」の存在が逆説的に、鮮明に浮かび上ろうとしています。

そして、「レンマ的知性」は、現代数学や量子論、言語学、精神分析、数学、生命科学、脳科学といった人間諸科学の解体と再編成をうながしていく可能性があります。この知的鉱脈を鈴木大拙や南方熊楠、井筒俊彦らは気づいていました。それを現在の知的装備を駆使して掘り起こす試みが、「レンマ学」です。