伝承食工房 とうがらし

伝承食工房 とうがらし

郷土の山野海川の食材を使った伝統料理や先人の知恵を受け継ぐために造られた伝承食の工房、大分県宇佐市の広い広い田んぼっ原の中の一軒家”とうがらし”です。(大分県宇佐市)

伝えたい郷土の食の豊かさ

砂浜に繁るハマボウフウ、野山に芽を出すノビルやツクシ。巡る季節にじっと大地を見つめていると、自然の恵みを享受する、日本の食が見えてくる。失われつつある往時の知恵を今の台所につなぎたい。郷土の山野、郷土の海川、郷土の食の豊かさを伝えたい。耕し、つくり、味わう台所の原点が大分県宇佐市に・・・。

古き良き時代の味を懐かしむだけでは、郷土の食を今の台所につなぐことはできない

大分県宇佐市の国造10号線沿いには、刈り入れを待つ稲穂が、重くなった頭を垂れています。「伝承食工房 とうがらし」は、その田んぼの中にあります。枕木の段々を上り、半円形のコンクリートの前庭に面した深い軒端をくぐると、正面は近代的な設備を備えた「今台所」。その左奥には、薪で煮炊きする竈や麺打ちの台などを設けた「昔台所」があります。「とうがらし」は、金丸夫妻が食文化を研究する場として建てた、ごく私的な工房です。

「何をしてるの?ってよく聞かれるんです。でもね、一言では説明できないの」と金丸佐佑子さん。佐佑子さんは高校で家庭科を教える先生です。夫の寿雄さんも数年前に退職するまで、やはり高校教師でした。「伝承食なんて言葉はあるかしら?誤解されるかもしれないけど、私たちが伝えたいのは決して”おばあちゃんの手料理”といったモノではないんです」。古き良き時代の味を懐かしむだけでは、郷土の食を今の台所につなぐことはできないと佐佑子さんはいいます。

「このあいだ久しぶりに竈でごはんを炊いてみたの。子どもの頃見た母の姿を思い出しながらね。それでわかったんだけど・・、あのね、電気釜って、ほんとうに便利ね!」と笑います。はじめちょろちょろ、なかぱっぱ。薪で焚くごはんは、火加減で美味しくもまずくもなります。炊きあがるまでの30分間、ずっと火についてなくちゃいけない。電気釜ならスイッチを押すだけでいい。だから、昔は良かったという理論だけで次代につなぐのは無理な話。

「でも竈につきっきりで炊いたごはんは、さすがに一粒たりとも無駄にせず食べようという気持ちになるわね」。羽釜の底のお焦げも香ばしい。

「伝承」メニューを掘り起こしてつくってみようと考えた

「教師をしていると、教科書では教えられないことがあるのに気づきます。この間、昔の生徒さんが、うちでは正月は雑煮ではなく、ぜんざいを食べる。みんなと違うから恥ずかしくて当時は言えなかったというんです。それに、漁師のお父さんが朝から刺身を食べるのがいやで、やめてといったんですって。仕事あけの朝食は漁師にとっていちばんくつろぐ食事。だいいち魚介類は新鮮なうちに調理したほうが美味しい。私も漁師町育ちだからわかるけど、漁師町では朝から魚を煮炊きするのは当たり前。

そんなことは学校で教えないでしょう。テレビの料理番組や本で世界中の食のことは知っていても、地元の食を知らない。だから、みんなと違う。恥ずかしいなんて思い込む。大分は海の幸にも山の幸にも恵まれた土地なんです。ニシンを美味しく貯蔵する知恵も食文化だけど、冬でも新鮮な食材が採れる大分には大分ならではの食があるはず。京料理や加賀料理のようにあか抜けた料理じゃないけどね」。それで2年計画で「伝承」メニューを掘り起こしてつくってみようと考えたそうです。

山野海川を賞味する台所の構え

宇佐は食材に恵まれた土地柄。まず、目の前の遠浅の海で貝が捕れる。機構は温暖で平野には作物がふんだん。山も近い。つまり、山野海川が産む食材を手に入れることができる土地。都市化されていないから外食産業に侵されず、地元の食材を生かした家庭料理も健在。そのすべてを縦軸に、「屋敷構え」を横軸につくった台所が「とうがらし」。

昔の農家は、生け垣や屋敷林で囲まれた中に食料を保存したり、薪をストックする蔵や納屋があって、井戸や畑もあった。その構成を「屋敷構え」と呼んでいる。裏山で木の実や山菜も収穫できる。これが、かつての農耕社会の生活の一単位だった。

畑を耕したり、薪を作ったり、落ち葉を集めて堆肥をこさえたり、屋敷構えというのは労働の構えでもある。前庭は作物を加工するための作業場で、キレイに掃き清めたピカピカの土の上に、むしろを広げて豆や籾を干す。軒下で干し柿やかんぴょうをつくる。昔といってもつい数十年前までは、あたりまえに見かけた風景。それは食べ物が口に入るまでの過程、食べるために必要な労働だ。「とうがらし」では、これらの仕事をひとつひとつ新たに組み直した。

深い軒に雨水を貯める外流し

軒下の外流しでイワシをさばきます。生臭い下ごしらえには、ザブザブ洗える、たっぷり大きな外流しが重宝します。「今日は、水が綺麗ね」。降り続く雨で、澄んだ雨水がなみなみと貯まっています。工房の外流しは上下二段のしつらえ。上段は包丁研ぎや魚をさばくときなど、立ち仕事が楽にできる高さ。そこから、水面まで顔を出したパイプ栓にあふれて下段に注ぐ水は、泥つき野菜や地のついたまな板などの下洗いに活躍します。「とうがらし」の外流しは貯め水を2段階に使い切るエコな仕掛けです。

とうがらし イラスト計画案

独楽蔵ホームページ TOP
WORKS TOP

掲載誌 住宅建築/1997年12月号 特集「早く家に帰りたい」近作5題
掲載誌 チルチンびと/1999 WINTER 07号 特集「伝えたい、郷土の食の豊かさ」
掲載誌 室内 1998/NO520 ・九州のムラ vol.18