家族がそれぞれ、思い思いの場所に、自分のお気に入りの巣を作り出せるように
自然の光や風を、いつも身近に感じて暮らしたい。以前のお宅が老朽化し、建て替えることになったとき、夫人は、こう考えたそうです。「風が吹くと窓がカタカタ鳴るし、雨が降ると屋根を通して雨音が聞こえてくる。それで、いいんですよ(笑)。そういうのが全然わからないような家はつくりたくなかった。」
西川さん夫妻が惚れ込み、設計を依頼したのは、同じ埼玉県入間市に事務所を構える「独楽蔵」だった。できるだけ、自然を生活の中に取り入れようとする一家との出会いは、設計者にとっても、心弾むものでした。「家をつくるとなると、他人の家よりよく見せたいとか、意気込んでしまうものだけど、ちょっと方の力を抜いてという感じで・・・。リラックスできて、森羅万象とか季節の変わり目とか、そういうものが肌で感じられるような家。」
ラフな家の最大の演出者であり、同時に主役でもあるのが、子どもたちです。子どもというのは、喜怒哀楽がまっすぐ表情に出るし、自分の周囲で起こった出来事に生き生きと反応するモノ。子どもの五感に働きかけ、驚いたり新たな発見をしたりするための「仕掛け」を家のあちこちにつくりました。
特に大事なのは、『触覚』。たとえば、同じフローリングでも無垢材と合板のパネルとでは踏んだときの足の裏の感覚が違うように・・・。ちなみに、今回の家のリビングで床材として採用したのは、厚みのある米松の無垢板。その上を子どもたちが足音を響かせながら、走って行きます。
リビングは島の入り江のような空間
この家の大きな特徴の一つは、リビングが2階にあるということ。光がふんだんに入るし、いつもさわやかな風が室内を吹き抜けます。また、外から見られる心配がありませんから、人目を気にせずにくつろげるのも大きな利点です。つまり、2階のリビングは、ラフに暮らす基本条件をほぼクリアしているといえそうです。このリビングは、まさしく「島の入り江のような空間」。
「島の入り江」には岩が突き出していたり、浅瀬があったり、いろんなものが複雑に入り込んでいます。この家のリビングも全体的にはオープンな空間ですが、ロフトに登れば身を隠せるし、一人っきりになれる隅っこもある。生活の場面やそのときの気分次第で使い分けられて、自由に変化することの出来る装置ともいえます。
実際、リビングは大きなワンルームとして使われていますが、左右に板の間と畳の間が控えていて、建具を閉めてしまえば、個室にもなります。「冬の寒い時期は畳の間で、親子4人一緒に寝るし、暑くて寝苦しい夏の間は板の間に布団を敷いちゃうし。特に決まってないの。ダイニングテーブルの位置もちょっしゅう動かすんですよ。」と奥さん。
板の間には子どもたちの机が並んでいますが、別に子ども部屋というわけではありません。長男が5年生になったので、そろそろどこかを仕切って個室にしたらどうかと水を向けたところ「ヤダ」という答えが返ってきたとか。「宿題も、ダイニングテーブルにノートを広げていたかと思うと、床に腹ばいになって何かを書いていたり(笑)。好きなところで勝手にやっている感じです。」
おおらかな暮らしぶりが目に見えるようです。おおらかというば、柵が低く、小さい子どもにはちょっと危なそうなロフトもあえてそのままに。危険の芽を初めから摘み取ってしまうより、身を乗り出すと落ちてしまうから気をつけないといけないことをきちんと覚え、子どもが自分で考えるようにすることのほうが大切なのでは・・・、おいうのが夫婦の共通の考えです。
バルコニー&コテージで広がる生活の場
リビングは、大きめのバルコニーとフルオープンで繋がっています。ここは、広くないと意味がない、と設計者がキッパリ。
現在の家づくりは、インテリアを重視する傾向にありますが、外の空間の大事さを忘れてはいけません。建築費もあまりかかりませんし、使えるスペースは広いですし、1年のうち1/4くらい外で過ごしてもいいんじゃないかと思います。そのほうがよほど豊かな暮らしかもしれません。
バルコニーのタラップの踊り場からアプローチするコテージ。子どもたちはここを「秘密基地」と呼び、しょっちゅう友達がやってきては、 TVゲームに興じたり、時には寝袋持参で泊まったり。「この、ちょっと離れてるっていうのがすごくいいんです。子どもたちは、なかに入ってしまえば大人には見えない、やってることは秘密だと思ってる(笑)。ほんとはリビングから丸見えなんだけど」
子どもたちのたまり場となってるコテージですが、実はご主人もパソコンや趣味の釣り道具を置いて好きに使いたいと密かに狙っています。
オープンだけど、隠れた感覚も共存する「桟敷スペース」
新しく家を建てる際、よくある要望の一つに「書斎」があります。
特に、誰にも邪魔をされることのないパーソナルスペースの確保は、男性(旦那さん)特有の願望のようです・・・。篭って仕事をされる場合は別ですが、実際に部屋をつくっても、それをうまく活用するのは難しいようです。大概、書庫や荷物置き場になってしまうパターンが多いような気がします。
なぜって、それは、やっぱりリビングのほうが居心地がいいからです。採光、通風も十分に確保されていますし、景色もあります。家族の気配も感じますし、自動的に「お茶」が出てくる時もあるかもしれません・・・(笑)。
一番、理想的なのは、リビングの一角に入江のように配置できるといいのですが、スペースも限られているのでなかなか難しいところです。
写真は2階リビングの住宅。階段部分がリビングと一体になっています。階段スペースの上部は、天井高に余裕がありますので、そこを利用して旦那さんの「桟敷スペース」をつくっています。オープンだけど、隠れた感覚も共存するちょっと不思議な場所です。
家こそが「ふるさと」
この家に住み始めて一番恩恵を受けているのは、子どもたちかもしれません。これからは、地方でも街でもなく、家こそが「ふるさと」になっていく気がします。家族がともに暮らす家そのものが「ふるさと」となって、特に子どもの場合は、五感を通して知ったものが体のどこかに染み込むはずです。
子どもたちが大人になってから思い出す「ふるさと」の風景とは、どんなモノでしょう。それは、やさしい色や香り、肌触りに満ちていて、幸せな気分を蘇らせてくれるに違いありません。