家相の成り立ちと平安時代の住居
「家相」は、いつ頃から、どのように考えられてきたのでしょうか。家づくりの視点から、平安時代の住居をたどりながら、「家相」の成り立ちをお話しします。
奈良時代に伝わった風水が、家相に
中国から日本に、仏教と共に風水の思想が伝わった奈良時代、その風水が独自に日本で発達したのが、「家相」です。
平安時代の中期には、陰陽道の書物の中に「家相」、「地相」の記載がでてくるそうです。
平安時代の家は、寝殿造りだけではない
平安時代の建築様式といえば、「寝殿造り」が有名ですが、その時代のすべての家が、「寝殿造り」であったわけではありません。
なんだか原始的で、縄文や弥生時代のころの住居と思われがちな「竪穴式住居」ですが、平安時代においても、地方では、まだ立派に存在していたらしいです。

【現代の住まいでは、こんな玄関ポーチも】
「家相」は貴族と陰陽師だけのもの
寝殿造りに暮らせたのは、一握りの貴族
ですから、都の有力な一握りの貴族のみが、寝殿造りの邸宅に暮らすことができて、かつ「家相」を見ることのできる陰陽師と関わりがあったのだろうと思われます。
柱だけの空間で、壁もない建物
そんな「寝殿造り」ですが、中心となる建物は、母屋と庇で構成された長方形の建物で、複廊、単廊で他の建物とつながった構成になっています。
基本的には、柱だけの空間を扉や蔀(しとみ)で覆った建築なので、構造的な壁はありません。
トイレもお風呂も、今とは違う暮らし
また、この時代、トイレは「樋箱(ひばこ)」というおまるのような移動式で、食事も別の場所で作ったものを運んでいました。
お風呂も毎日入るわけではなく、浴槽もありませんので、中心となる建物には、現代の設備的なものはありませんでした。

【現代の住宅で考える家相】
現代と昔の家相の違い
今と比べると結構、不潔で、家の中も、ずいぶん臭かったなどという話もあります。
川のそばで、行水したり、排泄できる竪穴式住居のほうがよっぽど、快適だったかもしれませんね…。
家相は、建物の位置関係や方位を見るもの
ですから「家相」の記述も、室内設備の吉凶はなく、「井戸」、「竈」、「厠」の吉凶の記載に限られていました。
「家相」は建物単体というよりは、各建物の位置関係や方位を見るものであったようです。現代とずいぶん違いますね。

【いつも使っている家相の図】
「家相」の成り立ちには、「風水」由来のもの以外に、古くからの日本の土着信仰や風土を起源にするものも含まれていると思いますし、それが、現代のような「家相」になるまでは、いろいろな変遷があるわけですが、それはまたの機会に…。
家相のご相談も、お気軽にどうぞ
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