【土曜日の午後、友だちと遊べる部屋】土曜文庫(完成から18年経過)

【土曜日の午後、友だちと遊べる部屋】土曜文庫(完成から18年経過)

今から18年前、近くに住む子どもたちのために、私設の文庫が開かれました。文庫のなかには古材がすんだんに使われ、無垢の木の感触が実感でき、工夫に溢れた仕掛けで建物の仕組みがわかるようにつくられています。その23坪の空間は、それ自体が絵本の世界のような「宝探しの空間」となっているのです。

生まれ育った村に、こんな場所があったと思い返してもらえることも大切だ。

北関東の田園地帯、埼玉県川里村。畑の中を車で走っていると、一本道の向こうに、鎌首をもたげ、今にも空へ飛び立ちそうな恰好をした建物が見えてきます。今から18年前、私設文庫として荒井さん夫婦によって開設され、今も毎週土曜日の午後になると村の子どもたちがやってくるという「文庫離れ家」です。

『かいほう広場』と呼ばれる吹き抜けの大きな空間。その吹き抜けを見下ろせる2階部分には、抱えるほど太い角柱と丸柱に支えられた小部屋があり、その下には『ひそみ』と呼ばれ、床と間違えそうなほどの大テーブルが広がっています。そんな室内で真っ先に目に飛び込んできたのが、圧倒されるほどの本。1200冊近くあるそうです。

本好きの荒井さん夫婦は、まだ幼かった息子さんに読み聞かせるために絵本を買い集めていた頃、『幼い日の文学』(瀬田貞二 著)という一冊の本に出会います。「そのなかに、子ども文庫のことが書かれていたんです。そうしたら女房が『うちもやろうか』って」。当時はまだ、村には本屋も図書館もなかったことも、文庫を開くきっかけになりました。

文庫づくりを思い立った荒井さん夫婦は、さらに2年かけて本を集め、独楽蔵に相談を持ちかけます。「独楽蔵のアトリエに訪ねたことがあって、その建物にすっかり魅了されたものですから」。荒井さんの家を訪ねて、家中に溢れたおびただしい本の熱気と、何より家を地域に開こうとする夫婦の心意気に打たれました。

「文庫離れ家」の一番大きなテーマは、本の扱い方

子どもが使うと言うことを前提にスタートした「文庫離れ家」の一番大きなテーマは、本の扱い方でした。「まず、本の置き方です。いわゆる既成の本棚のイメージはご破算にして考えようと、そこから始まったんです」。本の向こうにはいろいろな世界が広がっています。文庫は、その世界の宝探しの入り口。だから、本はぎっしりとあって、探す子どもたちも多いほうが、ひとけのない時でも余韻が残り、生き生きとした空間が維持できるはず。本を探すことが楽しくなる、本そのものが空間表現の素材となるような、そんな本棚の世界のイメージが浮かび上がり、カタチになっていきました。

どこもかしこも、本が溢れるジャングルジムのよう。

本棚の素材は、すべて梁の古材を再製材した米松板。本の背表紙と同格に見せるために、あえて分厚くし、木肌の触覚をより残すために仕上げも電動かんなをかけただけ。床に並んだ本棚には、2列おきに丸太の梯子がつけられ、上がったり下がったり、片手でしっかりと握って横に身体を伸ばしたりと自由自在です。

広間のL字コーナーは、へだて板が床下の土台から立ち上がり、角材の頭つなぎと火打ち材でがっしりと固定された独立棚と壁棚に挟まれた本のトンネルとなっています。大人がひとりやっと通れるほどの狭さです。「ずらっと並んだ本に囲まれた圧迫感のようなものがほしいといったら、実現した場所なんです」出入り口も低くして、棚の下を潜るようになっているので、なかに入ると両側から本がワッと押し寄せてきます。また、2階に通じる階段の手すりはブックエンドとして使われています。

大テーブルまわりは、床を落としてベンチにし、かいほう広場のさわめきからはちょっと離れて、ゆったりと本を読める場所です。部屋中、どこもかしこも本、本・・・と、まるで本に溢れたジャングルジムのような楽しさを演出しています。

風化しながらも趣も出るような、そんな雰囲気が漂ってきます。

ゴツゴツとした丸太柱や小屋梁が漆喰天井に浮かび上がっています。「太い角柱は男柱、丸いほうは女柱と呼んだり、柱の番付は子どもが不思議がるから残したり、羽子板ボルトも隠さないで、全体の木組みをあえて見せるようにしているんです」。ブナの木の床も使い込まれ、傷つき、汚れて、長い年月のうちに味わいが出ています。建具も木製にして、すきま風も気にしない。風化しながらも趣も出るような、そんな雰囲気が漂ってきます。

一番多い時で、70~80人の子どもたちが集まったといいます。「村に図書館ができ、息子が中学を卒業したあたりから減ってきて、今は十数人ですね」。開設当時の子どもたちはすでに大学生。それでも、休みになると遊びにくるそうです。「それに親同士のつながりも出来ました。18年続けてきて、こういう『場』があることが大切なんだと、つくづく思います」。

竣工当時の「土曜文庫」の写真はコチラ→

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