【暮らしnote No.09】
writing:maiko izumi
埼玉県入間市にアトリエを構える建築設計事務所 独楽蔵 KOMAGURAが設計した新築木造住宅に住む生活者(maiko izumi)から見える日々の暮らし
【我が家の冬の庭】 隣地との塀を兼用して薪棚が並んでいます
春が、そこまで来ている。風はピンと冷たいけれど、雪が降る日もあるけれど、それでも春は、たしかに近づいてきている。灰色に眠る山々に、少しずつ、ささやかな緑が添えられていく。誰かが柔らかい筆で、そっと色を足していくように。
【外タラップの下を利用したコンクリートの薪棚】
我が家での、春の気配を実感する風景は、ストーブの為の薪棚(まきだな)だ。薪を置くスペースは、敷地のあちこちにあって、庭の一角、外階段の下、駐車場の棚いっぱいに積まれている薪たちが冬から春に向けて、どんどん減っていく。すると、ああ、あと少しで春が来るんだな、と思う。
2年ものの熟成された薪は、木の水分がしっかり抜けているので、よく燃える。それらはすぐ使えるようにリビング脇の外階段の下にあって、次々と薪ストーブに焚べられていく。そこに山のようにあった薪も、気づけば残り数本になった。
【薪ストーブの前で温まるわんこ】
ある朝、最後の薪を手に取った時、空っぽになった薪置き場を見て、あ、と思わず声をあげた。ヤモリだ。淡い粉をふりかけたような柔らかく薄い皮膚は、白く変色して、微動だにしない。ぼんやりとした斑紋が散らばる小さな体は、警戒心もなく、無防備に投げ出され、前足を木っ端に引っ掛けていた。少々、寝相が悪い。
急に体温が下がっては良くないだろう。あたりの落ち葉を集めて被せ、残り一本だった薪を、ぼんやりしたままのヤモリの上に、潰さぬよう慎重に戻す。 暖かい薪のミルフィーユを剥がされて、大丈夫だろうか。ちゃんと生きのびて、春を迎えられるだろうか。
【薪が減る前の我が家の薪棚】
夕方、心配で様子を見に行くと、ヤモリは変わらずそこにいて、落ち葉の布団にちんまりおさまっていた。体の動きはないものの、真っ黒なビーズのような瞳には、ぽつんと小さな星が光っている。よかった。生きている。住処の変化に気づいたものの、まだ微睡のなかを漂うような表情は、とても愛おしい。
さっそく写真を撮って、夜、夫に見せる。「ひとりぼっちで寒くないか心配で、思わず部屋に入れたくなったけど、自然の生き物だし、ぐっと堪えたよ」と言うと「ひとりぼっちじゃないよ」と夫がいう。「ほら、ここに」まわりのコンクリの色に馴染んで気づかなかったが、写真をよくよく見直すと、隅っこにもう一匹、小さなヤモリがへばりついていた。すぐそばに、仲間がいたのだ。