埼玉県日高市の新築木造住宅は一級建築士事務所/独楽蔵へ

【設計事務所 独楽蔵の家に住むひとの日常】アンティークドアをリメイクした玄関の姿見

【暮らしnote No.12】
writing:maiko izumi

埼玉県入間市にアトリエを構える建築設計事務所 独楽蔵 KOMAGURAが設計した新築木造住宅に住む生活者(maiko izumi)から見える日々の暮らし

うちには、姿見(すがたみ)鏡がない。そう気づいたのは、子どもがずいぶん大きくなってからだった。

日々疾走するような、時に迷走するような子育てのなかで、自己と対峙する余裕もなく、鏡を見ることさえ、後回しにしていた。図らずも、我が家には、鏡などあれば、ケモノの如く突撃しそうなタイプの子どもがいる。安全の面からも、姿見を置く勇気がなかった。実際、イヤイヤ期の頃、夕食中の子どもがアンティークのガラス棚に、スプーンを投げつけて破壊した過去があり、我が家に限っては、用心しすぎということはないのだと肝に銘じていた。

【アンティークドアを利用した我が家の姿見】

とはいえ、子どもたちも小学生になり、僅かではあるが、鏡に突撃しない程度の落ち着きが備わった。今こそ、大きな鏡を我が家へ誘う時ではないか。子どもたちには、外に出る前に、鏡の前で自分と向き合い、身だしなみも、心も清らかに整える習慣を身につけていってほしい。もちろん自分自身も、そういう人でありたい。しっかりと全身が映り、玄関の空間にも馴染むような、良い鏡が欲しい。

夫に話すと「そうだね」ということになり、それぞれにネットや雑誌、インテリアショップなど、鏡検討へのアンテナをはりながらも、焦って無理に気に入らないものを買う必要もないと、決めきれぬまま時が過ぎていった。

そんなある日、夫が突然、大きなアンティークの木製ドアを買ってきた。濃いブラウンの材は深みがあり、中心に大きな十字の格子が縦に二本、横に二本ずつ通っている。真鍮の丸いドアノブは、ころんと存在感がある。確かに、ドア自体は、とても味わいがあり、良い佇まいをしている。ただ、我が家には、もうドアは十分足りている。

「すごくいいこと考えたんだ」夫の顔は少し得意げだった。

間違いなく、いいことではない、と確信した。

「これで何すると思う」

特に、知りたくもないと思った。

「鏡を作るんです」

この人は、何を言っているんだろうと思った。

次の日、丁寧に梱包された枠のない鏡が届いた。夫はドア枠に、注文した鏡を器用にはめ込み、世界にひとつのアンティークドアの鏡が生まれた。

いらない、と思った。ドアの十字の格子が、とんでもなく邪魔である。姿見とは、全身がきちんと見えてこそ、姿見である。ドア越しの、木枠越しの姿は、望んでいない。大きな鏡に女性が求めることを、100%理解していないのだ。

「この、木の格子部分が、すごく邪魔」私が言うと「お、なかなか斬新なことを言うなぁ。ここのデザインが見せ所なのに」と夫が言う。斬新なのは、その奇妙なドア鏡と夫の方だ。

玄関の上がり座敷に取り付けられた、アンティークドアの鏡には、腑に落ちないモヤモヤ顔の私が映し出されていた。いっそ子どもが割ってしまえば、この鏡もなくなるかもしれない。短絡的な犯罪者のような発想が、ふっと頭をかすめる。

ある日、子どもの友だちが数人遊びに来て、家の中でかくれんぼをしていた。ひとりの女の子が、隠れ場所を探していて、突然その姿見についているドアノブをガチャガチャと引っ張った。その激しい音に気づいて、玄関に駆けつけ「どうしたの」と聞くと「あれ、これドアじゃないんですか」と言う。「ドアじゃなくて、鏡なんだよ」と言うと「へぇ」と驚いた。

「ドアの向こうに部屋があるのかと思って。壊さなくてよかった。ごめんなさい」女の子はぺこりと頭を下げた。いや、壊してくれていいんだよ。しかもこれ、ドアだよね。誰がどう見ても、ドアだよね。私は心の中でそう呟きながら、あらためて鏡を見つめ直した。

鏡は心なしか、さみしそうに見えた。それもそうだ。開かないドアであり、姿を上手く映せない鏡でもある。

Is this a door?
No,it’s a mirror.

という、絶対一生使いそうもない英会話まで生まれてしまう。

いずれにしても、悲しすぎる。

ところで、このアンティークドア、いつ、どこのドアをして生きてきたのだろうか。

家だろうか。店だろうか。ある時は誰かを見送り、ある時は誰かを静かに待ち続け、穏やかに迎え入れる。さまざまな人生が行き交うのを、ずっと見守ってきたのかもしれない。あなたは何も悪くない。私は、かつてドアだった鏡に向かって、そう声をかけた。

これからは、鏡として、私たち家族を見守ってください。慣れないこともあるかもしれないけれど、よろしくね。鏡と私の距離が、ほんの少しだけ縮まった。あれから時は流れ、アンティークドアの鏡は、すっかり我が家の日常に溶け込んで、今日も家族を映し出す。せっかく我が家の鏡になったのだから、少しでも長く一緒に、少しでも多くの笑顔を映し出す、そんな鏡にしてあげたい。

だけどやっぱり、この十字の木枠はいらないな、と思うのだった。

建築設計事務所 独楽蔵(こまぐら)では、新築のペットと暮らす木造住宅はもちろん、庭づくりや古民家や中古住宅のリフォーム、リノベーション、現況調査や耐震補強などのご相談もお受けしています。今、お住まいの住宅で、気になっている部分、ご不明な点や疑問点などあれば、電話やメールなどでお気軽にご相談下さい。

建築設計事務所 独楽蔵(こまぐら) 担当:長崎まで
04-2964-1296 komagura@komagura.jp

この住宅の完成時の様子はこちら↓
WORKS:【川を感じる有機的な暮らし】 建築士の自邸・高麗川沿いの新築木造一戸建て(埼玉県日高市)

【暮らしnote No.01】生活者(主婦)目線の薪ストーブのある暮らし
【暮らしnote No.02】生活者(主婦)目線の田舎暮らし
【暮らしnote No.03】 生活者(主婦)目線の飼い犬との散歩 埼玉
【暮らしnote No.04】 生活者(主婦)目線 玄関土間の使い勝手
【暮らしnote No.05】 犬(ペット)目線の暮らし:朝の風景
【暮らしnote No.06】 玄関を季節の花で彩る
【暮らしnote No.07】 暮らしと行事(節分)
【暮らしnote No.08】 無垢材の床のザラザラ問題
【暮らしnote No.09】 薪棚で冬眠していたヤモリ
【暮らしnote No.10】 「牧野植物園」のギンリョウソウ

独楽蔵 建築設計事務所 ホームページ TOP
コラム TOP