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【出雲の神さまと古志(越)の神さま】(美保神社のホントの祭神は・・・?)

【出雲の神さまと古志(越)の神さま】(美保神社のホントの祭神は・・・?)

島根半島の東の突端にある漁村「美保関」。江戸時代には北前船交易の要所として、多くの廻船問屋などが存在して、栄えました。今も、その面影を残しています。街の中心の美保神社は漁港のすぐそばに立地しています。

美保神社のご祭神は、大国主神の后の三穂津姫命(みほつひめのみこと)と、同じく大国主神の子の事代主神(ことしろぬしのみこと)。全国の事代主神系えびす神社の総本山です。(別に、ヒルコ系のえびす神社もあります・・・)

今回、北陸廻りで帰宅したのですが、北陸道の途中で、糸魚川のフォッサマグナミュージアムに立ち寄った際に、ヒスイの歴史のビデオを見ました。

「奴奈川姫(ぬなかわひめ)」の伝説。神話の時代、ヒスイを用いて祭祀(さいし)を行い、高志(越)の国の一部、を治めたとされる女王で、古事記では出雲の大国主命と結ばれたというお話。(高志(越)の国とは、越後国・越中国・能登国・加賀国・越前国のあたり・・・。)

大国主命は全国各地で、たくさんの美女を奥さんにしていますが、ここもそうだったのか・・・。当時の国にとって力を示す祭祀に欠かせなかったヒスイ、出雲で発見されるヒスイ玉の大半は、やはり糸魚川産のモノらしいです・・・。高志の国と出雲国は翡翠等の貿易でかなり深い繋がりを持っていたようです。

ちなみに、「出雲国風土記」には、大国主命と奴奈川姫(ぬなかわひめ)の間に生まれた「御穂須須美命(みほすすみのみこと)」であったと記されているらしいです・・・。だから、「美保」なのだと・・・。いろいろ掘り下げてみると楽しいです・・・。

現在、美保神社の境内には「御穂須須美命(みほすすみのみこと)」には祀られていませんが、少し離れた小さな地主社に祀られています。