【植物園内の様子】
先の言葉をかけられたのは、その時だった。スタッフらしきその男性は、60代ぐらいの柔らかな空気を纏う紳士だった。「ギンリョウソウがね、とてもきれいなんです」男性は、とっておきの秘密を打ち明けるように、嬉しそうに話す。「ギンリョウソウ」私は、初めて聞いた秘密の言葉を、辿々しく繰り返した。「ええ、銀色の銀、ドラゴンの竜、草で、ギンリョウソウです」と言いながら、彼はその植物の方へ連れていってくれた。
行きに通った時は、まったく気づかなかった。控えめな野草や木々が並ぶ一帯の、そのほんの足元に、ひっそりとギンリョウソウがいた。真白。いや、透明。透き通っている。光っている。10センチにも満たない小さな背丈。存在すべてが透明なので、どこが茎で、どこが花かもわからないが、ひとつあるぽってりと蕾らしきものはその丈にしては大きく、下に垂れている。ちょうど、ヘ音記号のような形だ。
それはまるで、急に知らない人に会わされて、恥ずかしそうに俯いているようだった。控えめだけれど、内側から光を発するようなその色と個性的なフォルムは、今にも歩いたり、話しだしたりそうな佇まいをしていた。こんな不思議な存在を、さきほどの私は素通りしていたのか。
「植物なんですが、光合成をしないので、こんな色なんです。ユウレイソウなんて呼ぶ人もいます。数日前は、もっともっときれいだったんだけどな。元気ないかな。どうしたのかな」男性は、途中から、私にというより、ギンリョウソウに語りかけているようだった。「十分きれいです。初めて見ましたが、本当に神秘的できれい」というと、男性は、「それは良かったです」と何度も頷いた。ギンリョウソウとその男性に見送られて、私は植物園を後にした。
そしてなぜだろう。何年経っても、時々その出来事をふいに思い出す。見逃してしまいそうなもののなかに、ギンリョウソウのような、美しく光るものは確かに存在していて、それを教えてもらったり、自分で見つけたり、誰かと分かち合ったりすることに、幸せはあるのかもしれない。
今の私は、ギンリョウソウを見つけることができるだろうか。
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