埼玉県日高市の新築木造住宅は一級建築士事務所/独楽蔵へ

【設計事務所が建てた家に暮らすひとの日常】こどものころの菜の花の思い出

【暮らしnote No.19】
writing:maiko izumi

埼玉県入間市にアトリエを構える建築設計事務所 独楽蔵 KOMAGURAが設計した新築木造住宅に住む生活者(maiko izumi)から見える日々の暮らし

満開だった桜が、散りはじめた。

散りゆく花を見送る、一抹の寂しさ。それを癒やしてくれるのも、やはり花たちだ。春のバトンを渡すように、次々と咲いてゆく花の姿は、それぞれに優しく、美しい。なかでも菜の花は、春のムードメーカーだ。その突き抜けた明るさは、見ているこちらまで明るくなる。一緒に笑いあいながら、新緑の季節へと歩いていきたくなる。

そんな菜の花を見かけると、私はいつも小学一年生だった頃の、ある出来事を思い出す。

入学してまもない、理科の授業のこと。「今日は外に出て、菜の花の観察をしましょう」と先生が言った。

勉強をやめて、花を見に行こうだなんて、先生はなんて素敵なことを言うのだろう。私は嬉しくて、途中からは先生の話もうわの空で、窓の外ばかり眺めていた。よく晴れた日で、木々の緑と光の粒が、程よく混じり合っていた。配られた観察用紙は、上に絵を描くスペース、下に何行か文章を書くスペースがあった。それを小さなバインダーに挟んで、紐を首からかけ、ぞろぞろ列になって外へと出る。無機質なバインダーは、花を見に行くには少し興醒めだけれど、まあ仕方ないと思った。

花壇一面に並んだ菜の花たちは、クラクラするほど鮮やかで、風に揺れながら、淡い蛍光の色を放っていた。独特の香りは、幼い私を、さらにうっとりさせた。菜の花の隣には、入学式に私たちを迎えてくれたチューリップの茎だけが残っていて、落ちて間もない赤い花びらが、土の上にあった。私は急いでそれをポケットに入れた。気づくと、みんなが菜の花の観察を始めていたので、私も慌てて菜の花の前に戻る。

この花、中から明かりが灯ってるみたいだ。じっと眺めていると、花の輪郭がよくわからなくなる。視点がぼやけてきて、酔っているような感覚になった。私は、観察用紙の絵を描くスペースに、抽象画のように黄色の丸を踊らせた。色鉛筆で、くるくる、ふわふわ、と。

そして、文章を記入するところに、

うーん
いい によい
はる だいすき

と書いた。

しかし教室に戻って、観察用紙を集める時、まわりをちらりと見回すと、みんなは花びらの数や、茎の色、長さについてきちんと書いている。

自分のとは、明らかに違う仕上がりだ。私は、頭が真っ白になるのを感じた。そしてようやく、気づいた。

自分だけが「理科」という教科においての「観察」の意味を理解していなかったことを。ちゃんと先生の話を聞いていなかったからだ。全部私がいけないんだ。かろうじて泣くことは我慢できたけれど、そこからの授業は、まるで深海の底にいるようだった。

それから数日後、理科の授業に、菜の花の観察用紙が添削されて返ってきた。

私は恐る恐る、その用紙を開いた。

すると「いいによい」の「よ」は「お」と訂正されていたけれど、なのはなの においに、きづけたのが、すばらしいですね。せんせいも、はるがすきです。と書いてあった。

私は、深海の底から救い出されたような気持ちになって、心にぱっと、あの日の菜の花が咲いた。 あとは、小さな字で「こんどは、はなびらのかずや、はのかずも、おしえてくださいね。」というような内容が添えてあった。私は大きく頷いた。今度は、ちゃんと先生の話をきいたり、「観察」とかもします。

あの時の先生の、おおらかな優しさは、時が経つほどに、深く深く、沁みてくる。

春は、たくさんの〝初めて”に溢れていて、希望と不安の波が、大きく小さく、押し寄せる。軽やかに乗りこなしていく子もいれば、足がすくんだり、つまづいたり。時に溺れそうな子もいるだろう。でも、まわりをちょっと見回すと、菜の花は咲いていて、誰かがほんの少し手を差し伸べてくれる。そうしたら、緊張で張り詰めた春の景色も、少し変わって見えてくるのかもしれない。

そしていつか自分も、誰かにとっての、菜の花になれるように。

そうやって、みんなの春が巡っていく。

この住宅の完成時の様子はこちら↓
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