埼玉県の中部に位置する坂戸市。穏やかな田園風景がひろがる、心地良い地域です。古い街道沿いに面しており、代々受け継がれてきた広大な敷地の中には、母屋と納屋、車庫がすべて美しく配置されていて、通路や庭の草木も綺麗に管理されています。そこには、昔ながらの屋敷の風景が確かに息づいていて、それでいて現代にあった暮らしがきちんと営まれていました。今回は、築120年の蔵の空間を、“保管空間”から、人が住むことのできるミニマムな“居住空間”にリノベーションする計画です。
蔵で愉しむミニマムな暮らし〜築120年の蔵をリノベーション〜(埼玉県坂戸市)
埼玉県の中部に位置する坂戸市。穏やかな田園風景がひろがる、心地良い地域です。古い街道沿いに面しており、代々受け継がれてきた広大な敷地の中には、母屋と納屋、車庫がすべて美しく配置されていて、通路や庭の草木も綺麗に管理されています。そこには、昔ながらの屋敷の風景が確かに息づいていて、それでいて現代にあった暮らしがきちんと営まれていました。今回は、築120年の蔵の空間を、“保管空間”から、人が住むことのできるミニマムな“居住空間”にリノベーションする計画です。
広々とした敷地のなか、母屋の西側に建つ蔵は、敷地内のその他のどの建物よりも長い歴史があり、およそ築120年。明治時代に建てられたものです。もちろん図面などもありませんので、リノベーションの手始めは、建物を実測し、現状の図面をおこすことから始まります。部屋の広さ、柱や梁の位置や高さなど、細かく図面にしていきます。中には先代、先々代の荷物がずっと保管されているものの、今となっては何がしまわれているかもわからない。またご主人にとっては、少年時代にお仕置きで閉じ込めらた思い出も残る、少し怖い空間なのだそう。今回は、その負の記憶を払拭し、さらには、ずっとそこに居たくなるような居心地のよい空間をめざします。
蔵(モノの保管空間)から、人が住むことのできる『居住空間』にするために、キッチン・洗面・トイレ・シャワーなどの水廻りスペースや設備を整えていきます。水回りスペースは新しく増築する部分に集中させ、本来あった蔵の内部空間は、居住空間のみに限定する平面計画を考えました。そうすることで、蔵の持つおおらかさや、丸桁と垂木といった古き良き材たちが纏う重厚感を、存分に生かしていくことができます。水廻りは、使いやすい動線を描くことで、ミニマムで心地良いプライベート空間が完成します。
既存の下屋根の立派な丸桁と垂木を残した勾配天井(キッチンスペースを見る)
増築部分:キッチンの反対側・ダークグレーの扉の奥は、洗面・シャワーブース・トイレなどのコンパクトな水廻りスペースになっています。右手は蔵内部へのアプローチ。
リノベーションにあたり、もっとも大切にしたことは、代々受け継いできた蔵が持つ独特の雰囲気や空気感を失うことなく、新しい暮らしの空間を提案していくことでした。外観は、昔ながらの造形を生かすために、増築部分を小さく納めました。空間の雰囲気や耐震性、壁の補修費用なども考慮して、開口部は現状のままで計画することになりました。
蔵の正面にある、瓦の下屋根は、ぜひ残したい外観です。しかし1階に水廻りスペースを増築をする際、この下屋根との折り合いをつけていくことは、非常にシビアな問題でした。もっとも収まりが良く、蔵の外観を損ねないようにするために、プランの試行錯誤を繰り返しました。既存の下屋根は、もともと低く出来上がっているため(2100mm程度)、その軒下より低い部分に増築部分を抑えるようにしなければなりません。屋根部分は、なるべく薄く仕上げるために鉄骨をパネル上に組み上げています。内部の天井高もギリギリの寸法だったので、既存の瓦屋根を1列だけカットして、数センチだけは天井高に余裕を持たせています。“内部空間の住み心地”と“外観の美しさ”の共存。もっとも難しい課題ですが、そのちょうど良い着地点を見つけることに、リノベーションの醍醐味があります。そして何より、住む方が満たされるような暮らしが紡がれていくことで、また建物は生き生きと呼吸をはじめるのだと思います。
工事中、現場で苦労した縦樋&横樋の収まりについて
関連ブログ:『Simple is best』は難しい。縦樋&横樋の収まりについては、こちら
「蔵」にはなく、「住む」ための空間に必要なスペースや設備は、キッチン・洗面・トイレ・シャワーなどの水廻り部分です。蔵の土壁に穴はなるべく開けたくありませんし、水回り特有の湿気や、設備の配管経路やメンテナンスの面などを考えても、蔵の内部に水回りスペースを作ることは得策ではないと考えました。そこで、水廻りスペースは新しく増築する部分に集中させて、蔵の内部空間は、寝室などの居住空間に限定する平面計画を考えました。
白いモザイクタイルの洗面台。コンパクトな洗面所から左右に振り分けて、シャワーブース&トイレがあります。制作の木製引戸もダークグレーに塗装。金物も同色にすることで、すっきりと統一感のある空間になります。
蔵の内部空間で特徴的な梁と柱の意匠は、残していきます。壁は、もともと土壁でしたが、耐震補強も兼ねて、柱と柱の間に9mmの構造用合板を張りました。杉の薄い荒板だった天井も、垂木の意匠は残しながら、構造用合板で固めて、黒く塗装を施しました。
蔵戸を跨いで一段下がった部分にあった床は、もともとは土間で、周りの地面から湿気を呼び込んでいました。そこで防湿シートを敷き込に、コンクリート土間にした上で、板張りにしました。蔵の力強さに負けないように、幅150mmの杉の無垢板を張ってあります。もちろん、入口との段差をなくすために蔵戸の高さに合わせてあります。床下ができたことで、蔵の内部に電気の配管スペースも確保することができました。昔の建造物でよく感じるようなジメッとした湿気や匂いの問題をしっかりクリアしていくことで、より快適な空間を叶えることができます。
①基礎工事の防湿シート、コンクリートの様子はこちら
②内装工事の様子はこちらの関連ブログで・・・こちら
③設置した電動スクリーンの可動の様子はこちら
蔵の内部から新規増築部分を見る。時の流れを感じさせる既存の蔵戸を補修、調整(サイズ変更)をして、再利用しました。開閉をスムーズにするために、ステンレスのレール(Uステンレール)に変更。また床の高さに合わせて、高さの寸法の調整もしました。エアコンの効きをよくするために、細かな格子部分には、元々なかったガラスを入れてあります。蔵戸を開けると、まるでタイムスリップしたような感覚を楽しみつつも、快適性をしっかり補填することで“暮らせる蔵”が実現しました。
蔵の階段は、大概「はしご」のような箱階段です。角度が急で、日常的な上り下りには不便ですし、モノを抱えて運ぶことも難しいです。昔の人は、蔵の2階にタンスや荷物などよく上げたものだと感心してしまいます。リノベーションでは、穏やかで登りやすい階段に付け替えることで、安全な住まいにシフトしていきます。
蔵を居住空間として利用するために、階段の付け替えは必須です。階段を付け替えるためには、元々の登口では小さくて足りないので、新たに床に穴を開ける必要があります。階段を計画するにあたって、考慮したことは下の3つ。
① 既存の梁を抜いてしまうのは、構造的に禁じ手だと思いますので、梁を痛めない場所
② 居住空間の邪魔にならない場所で、階段の存在があまり目立たないように
③ 1階と2階を繋ぐ導線的に優れた場所
間仕切り壁の裏側に階段を設置。階段の段板は、床に合わせて杉の無垢材を使用しました。
2階の窓は、あえて既存の1つだけ。心地良い、ほのかな明かりを愉しむことができます。蔵の内部空間で象徴的な小屋の梁組み。これを残して活用するのが、蔵再生の大きな魅力の一つだと思います。
とても存在感のある2階の小屋梁ですが、一番の難点は高さが低くて頭にぶつかりそうになることです。梁の高さを変更することは出来ませんので、変えるのは使い方の部分になってくると思います。
使い方の解決策としては、床使いをして空間の重心を下げること。そのために床は畳にして、座敷の空間にしました。足音や物音など、1階へ伝わる音も軽減してくれる効果も期待できます。
2階の床は畳と杉板(無節)の無垢材。寝室としても使える、ゆとりの空間です。こうして、古き良き蔵の佇まいを生かしながら、穏やかに過ごせる居住空間としての新たな蔵が生まれました。先だっては、独立されたお子さまたちが帰省した際の滞在スペースとして使うそうですが、いずれは気のおけない友人とのホームパーティや、時にはギャラリーとしても使えるかもしれません。ガーデニングのセンスが光る奥さまの庭づくりと共に、蔵暮らしの可能性もさらに枝葉を伸ばしていきそうです。
リノベーション前の蔵は、壁の土壁が所々、剥がれており、階段も角度が急勾配な箱階段でした。軒下を作っている下屋根と丸桁は、完全な外部空間です。
図面の中で緑の線で引いた部分が新たに改造した部分です(クリックすると大きな図面になります)
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